今聴くべき世界の音源を厳選してお届け。 ジャズとブラジル音楽を中心に新旧の重要音源を効率良く聴く為のレビュー専門サイト。
サリフ・ケイタ、1995年リリースのソロ活動4作目で、プロデュースはウォリー・バダルーが担当。「フォロン」は「過去」の意味という。実際サリフ・ケイタが以前所属していた「アンバサダーズ(ル・ザンバサデュール)...
664 日前 (2006年09月28日)
リチャード・ボナ、ニューヨーク、パリ、リオデジャネイロにおいて録音された2005年の作品。ジャコ・パストリアスの再来とまで言われる超絶技巧のベーシストでありながら、ソロアルバムをしてベース一人舞台とならないリチャード・ボナ。自らヴォーカルを取り陽気に歌う様は、超絶技巧ベーシストの肩書きを感じさせない力の抜けた純粋な音を感じさせる・・・
672 日前 (2006年09月20日)
ポール・バーリナーによる1977年ジンバブエの録音。ムビラという楽器をご存知だろうか。ムビラはカリンバの元になった楽器で、カリンバと同様金属片が複数並列に並べられており、それを指で弾いて演奏する。主に、アフリカ南東部を中心に多く見られる楽器でアフリカ西部が膜鳴打楽器を中心とするのと対照をなす
777 日前 (2006年06月07日)
キング・サニー・アデ1982年の世界進出1枚目の作品。若くして夭折したボブ・マーリーに次ぐカリスマとしてアイランドレコードが世界に送り出してきたのは、ジュ・ジュと呼ばれるナイジェリアに息づくダンス・ミュージックを扱う キング・サニー・アデ。 アフリカンミュージックというと、スピリチュアルで原始的な音作りという印象が強い・・・
777 日前 (2006年06月07日)
キング・サニー・アデ(1946~)はナイジェリアのOshogboでメソジスト派の牧師の子として生まれた。中学を辞めるとラゴスへ赴いた。I.K.Dairoの音楽に感銘を受け、Moses Olaiya(後にBaba Salaと呼ばれるようになる。)が率いたユニット、リズム・ダンディーズに参加する。やがてジュジュ音楽の開祖とも言うべきTunde Nightingaleに影響を受け、彼の提唱する「S...
777 日前 (2006年06月07日)
セザリア・エヴォラ、2003年の作品。アフリカの西450kmに浮かぶ、カボ・ヴェルデ諸島。ポルトガルの植民地であった過去からポルトガル文化が根付く。ポルトガル特有の、郷愁に近い情感を意味する「サウダーデ」がブラジルにおいて「サウダージ」として花開いたように、カサ・ヴェルデでは「ソダーヂ」として独自の解釈が息づいている・・・
777 日前 (2006年06月07日)
サリフ・ケイタ(1949~)は、西アフリカのマリ共和国ジョリバに生まれた。 13世紀にマリ帝国を築いた高貴な家柄だったが、アルビノ(白子)だった為に差別を受け苦労したようだ。幼い頃から音楽に目覚め、その道に進む事を決心したが家族の理解は得られなかった。サリフ・ケイタは1968年に家出同然でマリの首都バマコへ旅立った・・・
779 日前 (2006年06月06日)
リチャード・ボナ、2003年の作品。「ジャコ・パストリアスの肖像」を聴きベーシストを志した過去。ザヴィヌルシンジケートやパット・メセニーグループでの活動。それらのイメージするところのものは正に超絶技巧ベーシストだが、実際ジャコ・パストリアスの再来と歌われる超絶技巧のベーシストである。 しかし、彼のソロ作品を聴いてそれを期待すると全く想像してない展開が待っている・・・
780 日前 (2006年06月05日)
リチャード・ボナ(1967~)はカメルーン東部にあるミンタ村で生まれた。未開の土地だったミンタ村には楽器屋はおろかガスも水道もなかったという。 それでも、豊かな自然と共に育まれた文化は唯一無二のものがあり、パーカッション奏者だった祖父と共に音楽世界の原風景ともいえる幼少期をこの土地で過ごした。その祖父の下、4才になるとバラフォンを弾くようになり、その他にも自ら木を切り出し楽器を作っては演奏し...
780 日前 (2006年06月05日)
World-Africa-Pops : ★★★★☆Moffouまさに魂に響いてくる音サリフ・ケイタ、2001年フランスのパリで録音された通算6作目のアルバム。エマーシー移籍後初となる作品。1曲目の「ヤモレ」では、モルナ/コラデーラ歌手のセザリア・エヴォラとの共演を果たしており、こちらも合わせて興味深い。
786 日前 (2006年05月29日)